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メンタルヘルス通信
58号 「心が解ける時 -新たな職場のメンタルヘルス対策の局面-」
<心が解ける時 -新たな職場のメンタルヘルス対策の局面->
心が凍ってしまう時がある。凍ると気持ちは言葉にならない。ならないどころか、言葉にする意欲すら湧かなくなる。つまり、伝達そのものが面倒になり、孤立した行動をとる。
心が凍ると感情が生まれなくなり、思考も働かない。意識はボーッとし、記憶は寒々とした体験だけが蘇ってくる。
次の事例は職場のメンタルヘルスに関するものであるが、部下のAさんが過重労働からミスやエラーを繰り返し、うつ状態となり欠勤も続いている。
逐語には係長、課長、Aさんの三人が登場する。
係長「課長、Aさんが2ヶ月ほど休みたいと言っていますが、医者から診断書をもらってきています。」
課長「えっまた?勘弁してよ。Aさん、今どこにいるの?」
係長「健康管理室で保健師と話しています。」
課長「じゃあ、ちょっと会ってくる。」
<保健管理室で>
課長「困るなぁ、Aさん。この忙しい時に休まれたら、せっかく大きな受注がきて、納期に間に合わせないきゃいけないって言ったのに・・・、この間Sさんが休みをとったかと思ったら今度は君か!
休める人はいいよ。残った仕事を誰にやらせりゃいいんだ。こんなこと言いたくないんだけど、仕事終わってから休みを取ってほしかったなぁ・・・。」
A「(沈黙)」
課長「それで医者は何と言ってるんだ?」
A「適応障害でうつの症状が出ていると・・・。」
課長「適応障害?いつまで休むんだ!」
A「2ヶ月の休養が必要だと・・・すみません。」
課長「ったく。しょうがいないな、俺が穴埋めするしかないだろ!」
Aさんの心の中は、申し訳ない気持ちや周りに迷惑を掛けているといった、自責の念でいっぱいではあったが、それ以上に課長の物の言い方や態度に冷たさを感じた。
「私だって本当は仕事を遣り遂げたかった。課長の期待にも応えたかった。それなのに・・・。」
こんな胸の内を伝えられない悔しさにAさんは涙ぐんだ。同時に頭ごなしに言われた自分を惨めにも思った。
「あの努力は何だったの。」「会社に尽くしたこの15年間は何だったのだろう。」
そう思うと何か大切なものを失ったようにも思えた。
Aさんの心の中には課長へのネガティブなイメージと不信感だけが残った。
2ヶ月後、Aさんは職場復帰はしてきたものの、課長に対する思いは変わっていなかった。それどころかAさんのネガティブなイメージと不信感は他の同僚にも般化され、誰とも顔を合わせることが出来なくなった。それに対して同僚たちも「Aの奴、来たよ・・・」といった雰囲気で凝視し、まるで腫れ物にでも触れるような態度をとった。
お互いに挨拶する気力も自分を表明する気持ちも失せてしまい、Aさんと周りとの間には「解離」が生じていった。
課長が面談しようと誘っても目はうつろで口は閉ざされたままであった。Aさんはいつの間にか見ざる、聞かざる、言わざる、関わらざるといった自分に「ナルシズム」さえ覚えていた。
これが凍りついた心の姿である。
今、職場のメンタルヘルスは新たな局面を迎えている。
うつ病が長期化し、Aさんのような労働者が少なくないからである。かといってそのうつ病が業務に起因するようなストレスから生じているような場合には、たとえ休職期間が満了したとしても解雇することは困難になり、民事訴訟に発展するケースもある。
口々によく言われるのは「メンタルヘルスは最後には人間関係だよ」という言葉である。
それが何を意味するのか、話の脈絡から大体想像がつく。それはAさんのようにネガティブな先入観や不信感に基づくものである。
凍りついた心を解かすには、頭ごなし、決めつけ、矛盾、不条理、過重労働、立場の違い、非人道などなべて「思い通りにならないこと」を素直に吐露し、時には認め、許す場を持つことである。つまりその時、真実や本音を言語や非言語で分け合おうとする気運があるかどうかである。そうしないと人間関係の心の氷は解けない。