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メンタルヘルス通信
50号 「和解力 その6」
<和解力 その6>
Sさんと2人の精神科医の話し合いは、次のような展開を見せた。
S「精神科医なら、まず患者の話をきくもんだろう!何できけないんだよ!」
Y(しばらく沈黙)「あのとき、何故きけなかったのだろう。今思うと目の前の状況に左右されていたし、先入観もあったのかもしれない・・・・・」
S「それで精神科医がよくつとまるもんだ!とにかく俺を入院させたのは誤診だったはずだ。だって回復して退院したわけではない。そうだろう。認めろ!」
Y(沈黙)
W「Y先生、もう帰りましょう。話し合いにならんですよ。こうなると思いましたよ。だから来たくなかったんです」
S「あんたはそんな言い方しかできないのか?俺が入院させられたとき、どんな気持ちだったのかわかりもしないくせに!」
W「専門医として判断して、入院してもらったまでです。それにお母さんもそれを望んでいました。ですから医療保護入院なんです」
S「何入院かは知らないけど、俺が入院を望んだわけじゃない。お袋をはじめ、お前たちがそうしたことだ。これじゃ人権侵害だ!それにもしオレが精神的に異常だったら、退院した段階で正常になっているはずだ。元々オレは、異常なんかじゃなかった。お袋やあんたたちの方が異常だったんだ!」
W医師は不快な態度でその話を聞き流していたが、Y医師は目を瞑りひとつひとつSさんの話にうなずいた。束の間の沈黙が共有された。
Y「入院時には、Sさんの話をきけなかったので、今改めて話を聴こうと思って耳を傾けておりました。入院中も満足な話し合いができないうちに退院となってしまったので、残念でした。その分今聴こうと思っていたのです」
S「今さら遅いんだよ」
Y「そうでしたね。遅かったですね・・・・」
S「それでオレの病名は何だったんだ?」
Y「カルテをきちんと確認してこなかったので、はっきり断言できませんが、『性格の偏り』か『適応障害』という診断名をつけたと思います」
S「あの時ちゃんと診断すべきだっただろう?いきなり保護室に入れて、目が覚めたら次の日だった。それにまともな治療もしない。病院で暴れたら今度は退院してくれと言われた。まともに診断しなかっただろう。謝れ!」
W「Y先生、もう帰りましょう。何で私たちが謝らなければならないのですか」
Y「Sさん、わかりました。私のミスでした。申し訳なかったと思います」
そう言いながらY医師は深々と頭を下げた。W医師はその様子を怪訝そうな顔で見ていた。
S「本当に謝る気だな。それだったら、あの診断は誤診だったと書いてくれ。お袋便箋を持って来てくれ」
Y「わかりました。書きましょう」
Y医師は間を置きながらも、何一つひるむ様子もなく書き始めた。
W「先生、いいんですか。そんなことで」
Y「いいんです。W先生、間違いは間違いです。先生も一緒に謝って下さい。Sさん、この通りです」
そう言いながら、Y医師が便箋をSさんに渡した。Sさんは書かれた内容をじっと見つめ、次のようにつぶやいた。
S「これでいいんだ。やっと気が済みました。ありがとうございました」
そう言いながらSさんは、その便箋を破ってゴミ箱に捨ててしまった。
CO「いやぁ、ほっとしました。まるで映画の場面を見ているようでした。こんなふうに本音をぶつけたり、話し合いができるのはいいなぁと思いました。大変勉強になりました」
Sさんの母親は、涙を浮かべながら嬉しそうな表情をしている。
CO「お母さん、良かったですね」
Sの母「ええ、本当に有難うございました」
Y「では、我々はこれで」
CO「えっ、もう帰るんですか?」
Y「ええ、まあ。『立つ鳥、跡を濁さず』ということもありますから。アッハッハッハッ・・・・・」
今の世の中では、人間関係やコミュニケーションが上手く取れず、抑圧や抑制をし過ぎてうつ的になったり、逆に攻撃的になりキレてしまうことが言われている。それはある意味では本音を言えなかったり、その伝え方がわからなかったりすることに起因する。
いきなりホームから突き落としたり、誰彼となく刺し殺したりする事件はそんな人間関係の氷山の一角と言えよう。そうであればこそ、和解力が希求されるのだ。