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メンタルヘルス通信
職場における自殺のポストベンションの実際

(注)本記事中の事例は実在のものではありません。いくつもの事例を元にしつつ、個人情報保護のため脚色するなどして作成したフィクションの事例です。
自殺者数が多い3月 ~自殺対策強化月間~
3月は自殺対策強化月間。統計によると,わが国で自殺者数が最も多い月です。令和5(2023)年の月別自殺者数(下図)では,3月は2,031名。これは1日あたり65.5名,1時間あたりでは2.7名の自殺者数です。つまり,約22分に一人がこの日本のどこかで自ら命を絶ってしまっているという悲しい現実があります。
自殺対策強化月間には,厚生労働省をはじめ,さまざまな自治体や民間団体にて,自殺対策の取り組みが行われています。
自殺対策には,一次予防・二次予防・三次予防がありますが,本記事では三次予防にあたる自殺のポストベンション(*)について,職場での事例を交えてわかりやすくまとめています。
事例「スタッフが突然亡くなった・・・」
とある企業の総務のメンタルヘルス担当者から電話がありました。電話の声からは、困惑しきった様子がひしひしと伝わってきます。
「こんなこと相談できるかわからないのですが、どこに聞いたらいいかわからなくて。一昨日のことなんですが、実は当社のまだ若い男性が突然亡くなり・・・
ご家族からはお亡くなりになった状況はわからないというか、詳しくはお聞きできていなくて。ただ,身体の病気でも過労死(脳心疾患)でもなかったようです。」
話を聞いていくと、可能性としては自殺しか残されていないようでしたが定かではありません。企業のメンタルヘルス担当者からは、ご遺族はもちろんですが、その所属部署のメンバーにかなりの動揺が走っていて、大変心配な状況であると話していました。
自殺のポストベンション(事後の対応)とその重要性
自殺の後、遺された人々へのこころのケアを行うことなどをポストベンション(事後の対応)*といいます。職場スタッフが自殺で亡くなった場合には,関係するスタッフの心身や業務への多大な影響があります。しかしながら、このような事態は稀であり、実際起こった際にどのように対応したらいいかわからなく、対応が難しいところです。
家族や親族はもちろん,職場のスタッフや関係者等,故人と近しい関係にあった遺された人々の精神的ダメージは非常に強いものがあります。
職場においては、適切な対応がなされなかったり,対応が遅れたりすると,遺された人々の精神的ダメージからの回復に必要以上の時間を要することさえあります。また、スタッフの仕事へのモチベーションが長期に渡り低下したり、組織への信頼感が大きく揺らいでしまうこともありえます。そして、最悪の事態は後追い自殺ですが、さらなる悲しみは何としてでも回避しなければなりません。
自殺のポストベンションは、迅速な対応と同時に高度の専門性もまた求められる,難易度が高い,大変重要な対応です。
職場での対応の実際(1):心理教育~個別面談
先の事例に戻ると,その企業では,故人の所属部署全スタッフと,故人と同期入社スタッフ,そして故人がこれまで所属していた部署のスタッフなど,社内で関わりが深かったと思われる方々を中心にポストベンションの対応を行いました。
具体的にはまず,近しい人が突然亡くなった際に心に表れる精神的な変調や,行動や体調面に現れる変化(悲嘆反応)についての説明と,そういったときの対処法をわかりやすくペーパー1枚にまとめたものを配布しました。これは専門的には心理教育とも言われますが,突然の困難に遭遇した際の道しるべを示すことで,見通しを持って精神的な回復が進むようにすることを目指します。この心理教育は早ければ早いほど望ましく,2-3日以内に,遅くとも1週間以内には行います。
職場での対応の実際(2):個別面談~こころケア~アセスメント
次に,対象者の個別面談を行います。葬儀や故人の業務分担やフォローなどもあり,なかなか時間が取りにくいところですが,時期としては,命日から1-2週間程度以内に行えるとよいでしょう。なぜなら多くの方の心理・行動・体調面に顕著な反応(不調)が表れている時期でもあるからです。そして面談を行うのは,ポストベンションや喪失後の悲嘆反応などを熟知した心理や医療の専門職がよいでしょう。
面談の目的や内容は,大きく3点です。
- 面談自体が安心して話せる場となり,スタッフの過緊張状態を緩和すること
- スタッフの心理的ダメージのアセスメントを行うこと
- (2)のアセスメントに応じて今後の必要な対応をすること
アセスメントにより高リスクと思われる方には,さらにその後のケアも進めていく必要があります。相談窓口につなぐ,医療機関の受診を促す,時間を置いて再度の面談をする,といった対応等が考えられます。
職場におけるポストベンションの重要な意味(ねらい)
職場におけるポストベンション対応の重要な意味は,この取り組みを通して,組織がスタッフをしっかりと守っているという安心感を持ってもらえるようにすることです。
これは,スタッフの組織へのロイヤリティ(忠誠心,帰属意識)にも大きく関わるところです。なぜなら,突然の死にショックを受け,荒波の中をさまよっているかのようなスタッフにとっては,今自分は泥船ではなく,とてもしっかりと安定した大きくて頑丈な船に乗っている(≒信頼できる組織に属している)ように感じることで,回復の道を順調に歩んでいくことができるからです。
企業は,ポストベンションで大きく混乱して,高ストレス状態にある職場スタッフを大きく支えることのできる,しっかりとした大きな船であって欲しいと願っています。しかしながら,社内担当者のみでは実際には何をどうしたらいいのかわからないことが多々あるのではないかと思います。
東京メンタルヘルスでは,企業が従業員にとってしっかりとした大きな船であるように,ポストベンションにかかる専門的サポートを行っています。
*ポストベンション(事後の対応)
自殺予防の3段階のひとつです。この第3段階目が「ポストベンション(postvention)」と呼ばれる対応です。不幸にして自殺が生じてしまった場合、遺族を筆頭に、親しかった友人や職場の同僚、あるいは目撃者にも多大なショックが刻まれることになります。このように遺された方や関係者の方たちに対して適切なケアを行い、心理的ダメージを最小限にする対応をポストベンションといいます。
出典:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」(厚生労働省)の用語解説
https://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1903/ (2025/02/15閲覧)
執筆者:新行内勝善
東京メンタルヘルス株式会社 法人事業部長代理/リワークサポートセンター長/メンタルヘルス通信編集長
NPO法人 東京メンタルヘルス・スクエア 副理事長/カウンセリングセンター長
精神保健福祉士,公認心理師,ハラスメント防止コンサルタント,SNSカウンセラー,森林セラピスト
【主な著書】
- 鳥飼,新行内共編著『自殺対策の新たな取り組み SNS相談の実際と法律問題』誠信書房,2024
- 新行内『対面ではつながることが難しい人に寄り添うオンライン(SNS)相談』月刊福祉,2022年2月号特集
- 新行内『今こそ知ろう!SNS相談』月刊学校教育相談(ほんの森出版)2020年4月~2021年3月連載
- 分担執筆『ここがコツ!実践カウンセリングのエッセンス』日本文化科学社,2009