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メンタルヘルス通信
ネガティブ・ケイパビリティと曖昧さ耐性
メンタルヘルス関連で徐々に注目を増して来ているネガティブ・ケイパビリティと、さらに関連して、曖昧さ耐性という心理学の概念についても合わせてご紹介します。
ネガティブ・ケイパビリティは物事の本質に迫りうる大きな力の一つであり、曖昧さ耐性はストレスマネジメントについて考える際のヒントになることと思います。
ネガティブ・ケイパビリティとは
否定的・消極的・悲観的といった意味のネガティブと、能力・才能を意味するケイパビリティが組み合わさった言葉、「ネガティブ・ケイパビリティ」。日本でこの言葉が広まりはじめたのは、2017年、精神科医の帚木蓬生氏の本からであったと思われます。
その著書によると、ネガティブ・ケイパビリティとは、不確かさの中で事態や状況をもちこたえて、不思議さや疑いの中にいる能力であり、対象の本質に深く迫る方法、とあります。
また、答えを性急に求めることなく、不可解の中で、おや不思議だなと思う気持ちをもちながら、宙ぶらりんの状態に耐えていくと、その中から共感が生まれてくる、ともあります。
共感から本質に深く迫る
それではこの共感について、共感が最も重要となる、心の相談にあてはめて考えてみましょう。
相談者は、どうにもならない悩みや困りごとを抱えて、カウンセラーのところに相談に来ます。相談者の話はまとまりにくく、暗中模索であったりします。
そのときカウンセラーは、ネガティブ・ケイパビリティを発揮し、答えを性急に求めることなく、話に耳を傾けていきます。不思議だな不可解だなと思うことにも、安易な解釈や結論づけはせず、相談者の話に寄り添っていきます。こうした中から共感が生まれてきます。
そのような中で相談者は、暗中模索の状況から自らの大事な話の核心へと迫っていくことができるようになるのです。これがネガティブ・ケイパビリティが、本質に深く迫る力であると言われるゆえんです。
曖昧さ耐性
それでは、ここでネガティブ・ケイパビリティと関連した心理学の概念をご紹介します。「曖昧さ耐性」ですが、心理学では次のように定義しています。
「曖昧さ耐性は、“曖昧な事態を好ましいものとして知覚(解釈)する傾向”であり、個人が直面した曖昧さに耐えられるか否かを表すパーソナリティ特性である」
耐える力と楽しむ力と
さらに、友野隆也心理学博士(宮城学院女子大学教授)の研究では、曖昧さ耐性には大きく二つの要素がある、とまとめています。「曖昧さを統制する能力」と「曖昧さを楽しむ能力」の二つです。
統制する能力とは「今現在、はっきりしないことに直面していても、耐えられる」力であり、楽しむ能力については、「結果が予測できない状況におかれても、楽しむことができる」力としています。
そして、友野博士の研究成果によると、年齢に関わらず曖昧さに耐えられる者は耐えられない者に比べて精神的健康度が高いことがわかっています。
ネガティブ・ケイパビリティはストレスマネジメント力となるか
ネガティブ・ケイパビリティという言葉は、英国の詩人ジョン・キーツ(1795−1821)が二人の弟に宛てた手紙に、一度だけ書いてあった言葉に由来しています。キーツは、ネガティブ・ケイパビリティは詩人が持つべき能力で、シェイクスピアにはそれが備わっていたと書いていたそうです(*)。
ネガティブ・ケイパビリティは元をたどれば詩人が持つべき能力で、一方、曖昧さ耐性は心理学の概念です。このような両者ですが、その意味するものを見てくると、似ている概念であることがわかります。あるいは、ネガティブ・ケイパビリティの重要な要素が、曖昧さ耐性であるとも言えそうです。
いずれにして、前述した曖昧さ耐性の二つの要素は、ことにストレスマネジメントにおいてはとても大事なことと思います。
「今現在、はっきりしないことに直面していても、耐えられる」力と、「結果が予測できない状況におかれても、楽しむことができる」力は、複雑で予測不能な現代社会を生きていく上で大変重要な力であることは間違いないでしょう。
<主な参考文献>
- 帚木蓬生. (2017). ネガティブ・ケイパビリティ: 答えの出ない事態に耐える力. 朝日新聞出版.
- 帚木蓬生. (2024). 特集「ネガティブ・ケイパビリティ」を生きる. ビッグ・イシュー日本版, (476), 10-15.
- 友野隆成. (2020). 加齢に伴う曖昧さ耐性と精神的健康の発達的検討. 宮城学院女子大学研究論文集, (130), 33-45.
- 友野隆成. (2023). 新版曖昧さ耐性尺度作成の試み. 宮城学院女子大学大学院人文学会誌/宮城学院女子大学大学院 編, (24), 19-29.
帚木先生は「ネガティブ・ケイパビリティが最も自戒するのは、性急な結論づけ」と言います。人間の脳というのは「わかろう」とする傾向が強く、「わかった」と思うとひと安心するものです。
一方、ネガティブ・ケイパビリティは逆で、物事はそんなに簡単にわかるものじゃない、だから早急に結論づけてわかったつもりになるのは浅薄な理解でしかない、と考えます。ということは、詩人というのはわかったつもりにならずに、常に答えにたどり着かない疑問符を持ち続け、より深遠な物事や世界の本質、あるいは見えなかったり、言い表せなかったりするものにたどり着こうと目指すものなのだと言っているように、私には思われます。
是非皆さんも、「詩人が持つべき能力で、シェイクスピアにはそれが備わっていた」というのは、一体何なの? などとやきもきしながらも、答えにたどりつかずにわからない宙ぶらりんの状態のままでいられますように!私は願っています。 そういった態度や力があることこそがネガティブ・ケイパビリティなのですから。
執筆者:新行内勝善
東京メンタルヘルス株式会社 法人事業部長代理/リワークサポートセンター長/メンタルヘルス通信編集長
NPO法人 東京メンタルヘルス・スクエア 副理事長/カウンセリングセンター長
精神保健福祉士,公認心理師,ハラスメント防止コンサルタント,SNSカウンセラー,森林セラピスト
【主な著書】
- 鳥飼,新行内共編著『自殺対策の新たな取り組み SNS相談の実際と法律問題』誠信書房,2024
- 新行内『対面ではつながることが難しい人に寄り添うオンライン(SNS)相談』月刊福祉,2022年2月号特集
- 新行内『今こそ知ろう!SNS相談』月刊学校教育相談(ほんの森出版)2020年4月~2021年3月連載
- 分担執筆『ここがコツ!実践カウンセリングのエッセンス』日本文化科学社,2009