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メンタルヘルス通信
セルフケアの最新トレンド ~大地に触れる“グラウンディング”の効果~

忙しい日常の中で、心がザワザワすることはありませんか? 不安や緊張で頭がいっぱいだと、心も身体も不安定になりがちです。そんな時でも、気軽に誰でも応用できる、“グラウンディング(Grounding)”という方法についてご紹介します。
森林浴から気づいた「地に足をつける感覚」
先日、植物園で森林浴を初めて体験してきました。
案内してくれた森林浴の先生は、都内の小学生を対象に、林間学校で森の理解を深める実践的な活動を行っている方です。インターネット上で偶然活動を知り、興味を持って参加したところ、驚きと発見の連続でした。まず、五感をフルに活用し、地面に注目するのです。落ち葉の上をあえて歩く、モグラの穴を踏む、木の枝で土をほじって匂いを嗅ぐetc.…。植物園は、春は桜、秋は紅葉を見る、といった四季折々の植物を鑑賞するイメージでしたが、楽しみ方が全く変わりました。
ついつい、人は日常生活の中で、無意識に“上へ上へ”と意識や重心が向きがちなのかもしれません。しかし、意識的に“下へ下へ”と重心を落とし、地面に触れると「生きている!」というとてもリアルな感覚や、まさに地に足がついたような安心感が得られることに気がつきました。
グラウンディングとは?
これらを心理学の観点から捉えると、身体の力を下へ落とす“グラウンディング(Grounding)”という方法に該当すると考えられます。この“グラウンディング”とは、文字通り「地に足をつける」ことを意味します。筆者が森林浴で土に触れ、「生きている!」と感じた感覚こそ、まさしくグラウンディングの効果と考えられます。不安やストレス、緊張などで心が乱れたり、思考が過去や未来に飛びがちな状態を、現在の「今ここ」に意識を戻し、心身と現実のつながりを取り戻すことを目的とした方法です。
苦しい時こそ、下へ下へと意識を落とす
また、セルフケアに詳しい臨床心理士の伊藤氏(2024)によると、「苦しい時、つらいとき、不安な時、私たちの身体の力は、上へ上へと向かう傾向にあります。だから呼吸が浅くなったり、肩が凝ったり、頭が痛くなりがちなのです。そこで、苦しいときこそ、身体の力や重心を、意識して下へ下へと落とすようにします」と述べ、「お相撲さんの真似をしてしこ踏む」「スーパーに行って5キロのお米を実際に持ってみる」等の多様なグラウンディングの方法を紹介しています。
そのほかにも、グラウンディングには様々な方法があります。例えば、気持ちが落ち着かない時に、手首に輪ゴムやヘアゴムを巻き、ゴムをパチンとさせる、冷たい水に手や顔をつけてもらうといった対処法も、五感を直接刺激し、意識を「今ここ」に戻すグラウンディングの方法です(大江・前田,2023)。
トラウマや災害時にも注目されている心のケア
このグラウディングという方法は、トラウマを抱えている方や、パニック発作が生じる方、災害等の緊急時など、こころの傷つきを体験した方や、現在ストレスを抱えている方に対して、誰にでも・どこでも気軽に取り入れられる、セルフケア・心理支援として現在注目されています。例えば、災害等の非常事態が起きた際にも、「目に見える、聞こえる、感じるもので嫌な気持ちにならないものを5つ挙げてもらう(子どもの場合は、周りにある色を5つ挙げてもらう)」といった方法もグラウンディングに該当し、緊急時の「心理的応急処置(PFA: Psychological First Aid)」としても取り入れられています(田中,2019)。
ちょっとした散歩で、心にゆとりを
もうすぐ春が近づき、多かれ少なかれ生活環境が変わりやすい時期を迎えます。
皆さんもストレスを抱えやすい時期かもしれません。
そんな時は、近くの公園を散歩してみましょう。ひょっとしたら、思いもよらぬ場所で、ひっそりと足元に芽吹いている植物が見つかるかもしれません。
ちょっと息抜きしたい時は、重心を下に持っていくイメージで過ごしてみると良いかもしれませんね。
<<参考>>
- 伊藤絵美(2024)『セルフケアの道具箱』(無償配布版)晶文社
https://www.shobunsha.co.jp/?p=8023(2025年1月18日閲覧) - 世界保健機関(2021)『ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド』
- 田中英三郎(2019)「サイコロジカル・ファーストエイド学校版の普及と活用」,兵庫県こころのケアセンター研究紀要 心的トラウマ研究,第14号,pp.41-58
- 大江美佐里・前田正治(2023)「ICD-11における複雑性PTSDの理解と対応」,福岡行動医学雑誌,第29巻,第1号,pp.29-32
執筆者:谷 里子(臨床心理士、公認心理師)
東京メンタルヘルス カウンセラー
大正大学人間学研究科 福祉・臨床心理学専攻 博士後期課程 単位取得後満期退学。
これまで教育現場や児童精神科にて心理的アセスメントに尽力してきました。子どもの持っている能力を見極め、回復力を見いだす支援・研究に日々取り組んでいます。