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メンタルヘルス通信

“ひとりでいられる能力”とクリスマス

2024年12月14日
No.114
メンタルヘルス通信 No.114

 

“ひとりでいられる能力”とクリスマス

 「ひとりでいること」について、皆さんはどういうイメージを持っていますか? 人によっては、ひとりぼっちさや寂しさを感じる人もいるかもしれませんが、心理学では、「ひとりで“いられない”」のではなく、「ひとりで“いられる”」というポジティブな能力として捉えられています。この能力は、こころの安定にもつながる大切な考え方です。今回は“ひとりでいられる能力”について詳しくお話しします。

クリスマスを1人で楽しむ力

 クリスマスシーズンがやってきました。ある人は友人や恋人、家族と過ごすかもしれません。その一方、クリスマスを1人で過ごす予定の人たちもいます。クリスマスシーズンは誰かと楽しく過ごす特別な日というイメージが強いため、普段よりも余計にひとりぼっちな感覚や憂うつな気持ちが強くなりがちです。

 ところが、相談者の方で、「今年もクリスマスは一緒に楽しめる人がいないなぁ」とブルーな気持ちになっていた方が、「今年はいつもと違うクリスマスにしよう!」と発想を大きく転換したケースがありました。話を聴いてみると、小さなツリーを買ったり、ケーキを注文したり…等々、小さい頃に、家族みんなで過ごしたクリスマスの記憶をふと思い出し、ひとりで再現してみようと思ったそうです。そのようにして過去に誰かがそばにいてくれた体験が浮かび上がり、相談者自身を心強くしてくれたのだなぁと今でも印象に残っています。

 物理的にはひとりですが、寂しいといった感情はマイルドになり、ひとり時間を楽しめるような気がします。

“ひとりでいられる能力”とは?

 このように、実際にそばに誰かがいなくても、心の中で安心できる人を思い浮かべ、ひとりの時間を過ごせる力はとても大事かもしれません。

 児童精神科医・精神分析家のドナルド・ウィニコットはこの力を「ひとりでいられる能力(Capacity to be alone)」と定義し、同じく精神分析家のジャン・エイブラム(2006)は、この能力が身に付くことで、こころの健康度や精神的な成熟度が高まるとしています。

 また、精神分析の理論では次のように考えられています。子どもの頃に安心できる人物(例:養育者)との関係を心の安全基地としながら、自分の内面を探索し、一人遊びに夢中になります。この能力が育つと、他者からの承認がなくても、自己満足や喜びを自ら作り出すことができます。この幼少期の「誰かがそばにいてくれる安心感」を土台に、「ひとりでいられる能力」が育まれるとされています。先に挙げた相談者の方が家族と過ごしたクリスマスを思い出したことも、その一例かもしれません。

“ひとりでいられる能力”とクリスマス

“ひとりでいられる能力”は、 後天的に身に付くのか?

 一方、子どもの頃に仮にその土台が十分に完成されていなかったとしても、大人になってから親しい人とつながったり、心の中で支えとなる存在が見つかれば、この力は後天的に身についていきます。そうして、安心して話せる人を心の中に刻むと、心が不安定な時に「この人ならどう考えるだろうか」「この人の言葉を思い出してみよう」と心の内なる対話を通して、「ひとりでいられる能力」が育っていきます。

 このような状態を心理学では「内在化(Internalization)」といいます。カウンセリングの場合でいうと、カウンセラーとクライエントの信頼関係が徐々に築かれていくと、日常場面においても、「カウンセラーならなんと言うだろうか?」と心の中でカウンセラーの存在が思い浮かび、自己内省が進むことがあります。それは、「ひとりでいられる能力」が身に付いた証拠かもしれません。

自分を支えてくれる人を思い浮かべよう

 皆さんの場合はどんな人物が心の中に思い浮かびますか? 家族・友人・恋人・親戚、尊敬する先生、カウンセラー等の直接つながりがある人物、あるいは“推し”の存在や、本や映画に出てくる登場人物やその人物の考え方も、良い影響を与えてくれるはずです。

 実際、詩人の長田弘さんは次のように述べています。

 「本は死んだ人すべてのなかから、自由に自分で、友人を見つけることができる。何千年もの昔に友人を求めることもできる。読むとは、そうした友人と遊ぶということ」

 これは、読書を通した“ひとりでいられる能力”の一例ですが、他にも様々なひとりの過ごし方があるかもしれません。

 「自分を支えてくれる人」が今は思い浮かばない方もいるかと思いますが、思い悩まなくても大丈夫。長田弘さんが言うように、必ず見つけることができます。
 皆さんも、心の中で大切な人を思い浮かべながら、ひとりの時間を大切に出来ますように。

自分を支えてくれる人を思い浮かべよう

 


参考文献

  • ジャン・エイブラム(2006):ウィニコット用語辞典 館直彦監訳 誠信書房
  • 長田 弘(2021):読書からはじまる ちくま文庫

執筆者:谷 里子(臨床心理士、公認心理師)
 東京メンタルヘルス カウンセラー
 大正大学人間学研究科 福祉・臨床心理学専攻 博士後期課程 単位取得後満期退学。
 これまで教育現場や児童精神科にて心理的アセスメントに尽力してきました。子どもの持っている能力を見極め、回復力を見いだす支援・研究に日々取り組んでいます。


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