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新うつとは? その1

2015年11月2日

うつは基本的に落胆と失意を感じる状態であり、それも深刻で長く続く。その落胆と失意は絶望感や自己否定感を根底に持つ。

こういった絶望感や自己否定感は何からくるのか。

まず考えられるのはストレスである。例えば身も心も磨り減るような過酷な労働が続くこと。どっちに転んでも思い通りにならない人間関係の板ばさみ、大切なものや愛する人を失った喪失感、理解してほしいと思っている人からの裏切られ体験、失敗やトラブルに対する自責の念、気持ちのすれ違いなどに端を発している。

そしてさらにそのストレスを受け止める本人の気質や性格、場合によっては周りのサポートなどがうつの程度や状態を左右する。

これまでうつといえば遺伝体質からくる内因性のうつ病や上述したようなストレスフルな出来事に反応して発症する反応性うつ病が主であった。これらはDSM(アメリカ精神医学会の診断基準)では「単極性気分障害」として括られているものである。

この中には身体症状が目立ち、精神症状が隠される「仮面うつ病」や不安や焦燥感が強かったり、逆に空虚感や抑うつ感にとらわれてしまう「初老期(更年期)うつ病」、心気的身体的愁訴が多い「老年期うつ病」なども含まれている。

これに対し、「双極性気分障害」というのがある。これはうつ状態と躁状態を繰り返すもので、Ⅰ型とⅡ型がある。

前者は躁状態とうつ状態が波のように押し寄せるものであり、後者は軽い躁状態は伴うものの基本的にはうつ状態の反復が中心になっているものである。

従来いわれてきた「躁うつ病」や躁状態が1週間以上続くような「躁病」は双極性気分障害に含まれている。双極性気分障害は単極性気分障害よりも発生頻度は低く、発症年齢も低い。また、家族に同じ病気の人がいるなど、ストレスよりも遺伝体質的な要因が強い。躁状態の時には気分が高揚し、多弁、多動が目立ち他人から注意されるとすぐに怒ったりすることが多い。

ところで、最近働く人達や若い人達を中心に新しいうつが蔓延していることが話題になっている。こういった新しいうつは、現代うつとも呼ばれ、単極性気分障害でもなければ双極性気分障害でもない。

「職場結合性うつ(仕事や職場に来るとうつになる)」「抑うつ神経症」「抑うつ人格障害」「循環病質」「ディスサイミア(気分変調性障害)」などがこれに相当する。

これらは、パーソナリティに偏りがあるとされ、従来の抗うつ薬では効き目が見られない。軽いうつ状態や不満、不快感などが四六時中存在し、2年以上にわたって続く。うつ病全体の3割に存在し、しかもその割合がますます広がっているのが実状である。従って、心理療法や家族療法、グループワーク、環境調整などに期待がかけられている。

新しいうつの特徴は、従来のうつが自責の念を基調とする様々な心身の症状が中心であるのに対し、上司や周囲の人達を責めたり、集団や組織に慣れ親しむことを拒否し逸脱行動をとることが多い。パーソナリティや防衛機制の問題が絡み、自己抑制が強く自分を出せなかったり、ナーバスでちょっとした出来事や人間関係で傷つくことも多い。自己愛が強く自己中心的で、周囲に対して配慮する態度が欠如していることもある。

もちろんこの中には膨大な仕事量をコツコツとこなし続け、高水準のIT機器を使いこなしている人も少なくない。周囲との関係から身を引き、自分の世界に籠りがちなタイプもいる。そんな若者たちは孤立してしまいがちで、自分の領域を侵されることに恐怖心も抱いている。それでもひとり作業環境や自己完結型のワークスタイルを黙々と維持し続けている。こんな姿をうつと評するのはあまりに薄情で辛辣かもしれない。

新しいうつの流行は職場環境や社会環境のめまぐるしい変化、人間関係の希薄さ、新たな人事制度の導入、成果主義などからきていることは言うまでもない。しかし、ライフヒストリーやライフキャリアとしての、親子問題や家族問題、総じて成長・発達課題を様々に、またそれぞれに引きずっていることも確かで、不満や不信感を強く持ちながらも完璧性も強く、抑制的だったりする。

それは極論するなら「他者報酬型」のライフスタイルとも言われる。周りの評価を気にしすぎ、自分らしさや本来の自分を失っている状態であり、まずこのライフスタイルに気づくことが求められる。

和解力 その6

2015年11月2日

Sさんと2人の精神科医の話し合いは、次のような展開を見せた。

S「精神科医なら、まず患者の話をきくもんだろう!何できけないんだよ!」

Y(しばらく沈黙)「あのとき、何故きけなかったのだろう。今思うと目の前の状況に左右されていたし、先入観もあったのかもしれない・・・・・」

S「それで精神科医がよくつとまるもんだ!とにかく俺を入院させたのは誤診だったはずだ。だって回復して退院したわけではない。そうだろう。認めろ!」

Y(沈黙)

W「Y先生、もう帰りましょう。話し合いにならんですよ。こうなると思いましたよ。だから来たくなかったんです」

S「あんたはそんな言い方しかできないのか?俺が入院させられたとき、どんな気持ちだったのかわかりもしないくせに!」

W「専門医として判断して、入院してもらったまでです。それにお母さんもそれを望んでいました。ですから医療保護入院なんです」

S「何入院かは知らないけど、俺が入院を望んだわけじゃない。お袋をはじめ、お前たちがそうしたことだ。これじゃ人権侵害だ!それにもしオレが精神的に異常だったら、退院した段階で正常になっているはずだ。元々オレは、異常なんかじゃなかった。お袋やあんたたちの方が異常だったんだ!」

W医師は不快な態度でその話を聞き流していたが、Y医師は目を瞑りひとつひとつSさんの話にうなずいた。束の間の沈黙が共有された。

Y「入院時には、Sさんの話をきけなかったので、今改めて話を聴こうと思って耳を傾けておりました。入院中も満足な話し合いができないうちに退院となってしまったので、残念でした。その分今聴こうと思っていたのです」

S「今さら遅いんだよ」

Y「そうでしたね。遅かったですね・・・・」

S「それでオレの病名は何だったんだ?」

Y「カルテをきちんと確認してこなかったので、はっきり断言できませんが、『性格の偏り』か『適応障害』という診断名をつけたと思います」

S「あの時ちゃんと診断すべきだっただろう?いきなり保護室に入れて、目が覚めたら次の日だった。それにまともな治療もしない。病院で暴れたら今度は退院してくれと言われた。まともに診断しなかっただろう。謝れ!」

W「Y先生、もう帰りましょう。何で私たちが謝らなければならないのですか」

Y「Sさん、わかりました。私のミスでした。申し訳なかったと思います」

そう言いながらY医師は深々と頭を下げた。W医師はその様子を怪訝そうな顔で見ていた。

S「本当に謝る気だな。それだったら、あの診断は誤診だったと書いてくれ。お袋便箋を持って来てくれ」

Y「わかりました。書きましょう」

Y医師は間を置きながらも、何一つひるむ様子もなく書き始めた。

W「先生、いいんですか。そんなことで」

Y「いいんです。W先生、間違いは間違いです。先生も一緒に謝って下さい。Sさん、この通りです」

そう言いながら、Y医師が便箋をSさんに渡した。Sさんは書かれた内容をじっと見つめ、次のようにつぶやいた。

S「これでいいんだ。やっと気が済みました。ありがとうございました」

そう言いながらSさんは、その便箋を破ってゴミ箱に捨ててしまった。

CO「いやぁ、ほっとしました。まるで映画の場面を見ているようでした。こんなふうに本音をぶつけたり、話し合いができるのはいいなぁと思いました。大変勉強になりました」

Sさんの母親は、涙を浮かべながら嬉しそうな表情をしている。

CO「お母さん、良かったですね」

Sの母「ええ、本当に有難うございました」

Y「では、我々はこれで」

CO「えっ、もう帰るんですか?」

Y「ええ、まあ。『立つ鳥、跡を濁さず』ということもありますから。アッハッハッハッ・・・・・」

今の世の中では、人間関係やコミュニケーションが上手く取れず、抑圧や抑制をし過ぎてうつ的になったり、逆に攻撃的になりキレてしまうことが言われている。それはある意味では本音を言えなかったり、その伝え方がわからなかったりすることに起因する。

いきなりホームから突き落としたり、誰彼となく刺し殺したりする事件はそんな人間関係の氷山の一角と言えよう。そうであればこそ、和解力が希求されるのだ。

和解力 その5

2015年10月27日

Sさんと警察官の和解が成立し、周囲の人達は、ホッと一息を入れることができた。もちろん、和解の調整に当った筆者も安堵感を隠しきれなかった。ところが、それから2週間もたたないうちに、Sさんが再び「むしゃくしゃする」と言ってイライラし始めたのである。

彼の話に耳を傾けると、自分を精神病院に入院させた精神科医に腹が立つというのである。「あのときの診断は、誤診であった。精神科医が自分の誤診について謝罪してくれなかったら、私の人生は傷付いたままだ」そう言ってきかないのである。

そこで苦悩した結果、再びSさんの母親が、精神科医に連絡を取り、Sさんの自宅に来てもらうことになった。それはほとんど不可能に近いほど困難なことであったが、何故かSさんの治療に当たった2人の精神科医が来てくれたのである。そしてもちろん、Sさんの母親は、筆者に話し合いの調整役を依頼してきた。成り行き上、筆者は、そのことから逃げることはできなかった。

2人の精神科医は、Y医師(上司)と、W医師(部下)であったが、部下のW医師は、この話し合い自体に、とても不快そうな態度であった。しかし、上司に諭されたのか、嫌々来てくれたのである。

さっそくセッションが始まった。

CO「これから2時間ほど話し合いをしたいと思いますが、2時間後、今日はよかったというような話し合いをしたいと思うのですが、それにはどんな話し合いをしたらよいのでしょう。Sさん何かありますか?」

S「本音で話し合えればいいじゃないですか。素直に格好つけずに話し合えれば・・・・・」

CO「なるほど、Y先生はいかがですか?」

Y「それで結構です」

CO「W先生はどうですか?」

W(黙ってうなずく)

CO「お母さんは、話し合いに参加しないで聞いてて下さい。話し合いの中で、これは自分の中で為になるという内容については、是非拾って下さい。しかし、このことはあんまり有益ではないというような話であればそれは捨てて下さって結構です。後でコメントもいただきたいと思います。私は、今日お母さんから進行役を頼まれた東京メンタルヘルス・アカデミーのカウンセラーの武藤といいます。上手く進行役ができるかどうか心配ですが、よろしくお願いします。それではSさんから話をしていただきたいと思います。SさんはどうしてY先生とW先生に来てもらいたかったんですか?」

S「だって、私が大学病院の精神科に入院させられたのは、警察官のAさんが無理矢理病院に連れて行ったからなんです。ロクに話もきかず、自分の状態も分からないくせに連れて行かれたんです。でもそのことについて、Aさんは私に謝ってくれました。だからAさんのことは許せました。でも、私を無理矢理精神科に入院させたこの2人の先生もおかしい。だって、何一つ診断しないで保護室に入れたんだよ。あれはおかしいでしょ。訳が解らないまま連れて行かれて無理矢理入れられた!どうしたって入れた精神科医には責任があるんじゃないですか!」

CO「先生方、今の話しを聞かれてどのように思われますか?」

W「だってあの時は、あなたが暴れたし、周りの人達に暴力を振るったんだから、保護室に入れるのが一番いいと思ったんですよ」

S「何で暴力を振るったかわかる?俺が何にもしないのに、みんなが俺のことを押さえつけるからだよ。それに何一つ理由も聞きもせず、入院させようとするから」

W「しばらく落ち着くまで保護室に入ってもらうのが一番いいと思ったから」

S「それから、Y先生よ、あんたいきなり俺に注射打ったろ!」

Y「打ちました。睡眠薬を打たしてもらいました」

S「何でそんな権利あるんだよ!」

Y「かなり緊張していた雰囲気もあったし、イライラしていた感じもあったので、少し休んでもらうのが一番いいかなと思って医者として睡眠薬を打たしてもらいました」

S「診断もしないでいきなりか!」

Y「後で落ち着いてから、ゆっくり話し合いをすればいいと思ったからです」

S「ひどいもんだ。これが精神科医療の実体かよ」

こんなやり取りの応酬に、果たして収拾がつくのか筆者は心の中で不安と焦りを感じ始めていた。

和解力 その4

2015年10月27日

全ての和解は、自分の非を認めるという自覚なしには上手くいかない。前回の話し合いは次のような結果になった。

CO「Aさん、Sさんが怒っているのは、Aさんが彼の言い分を聞かずに病院に連れて行ったことだと言っていますが、Aさんが言い分を聞かなかった理由もあるのでしょうか」

A「言い分を聞いていたら、病院に連れて行けなくなるのではと思ったからです。こんなことを言ったら何ですが、Sさんのお母さんに頼まれたんです」

S「じゃあ、頼まれれば何でもやるのか!人殺しもやるのか?」

A(沈黙)

CO「Aさん、Sさんの言い分を今ここで聞いてやってもらえませんか」

A「わかりました。遅すぎるかもしれませんが、聞かせてください」

S「俺は何であの時、暴れたかっていうと、お袋がいつも話をすり替えるからなんだ。確かに暴力を振るったのはいけないけど、お袋も追い打ちをかけるような言い方をするんだ。あの日も『俺のこと恐いか』と詰め寄ったら、お袋は『恐くなんかないよ。自分の息子だもの・・・』と言うんですよ。『じゃあ、なぜ逃げようとするんだ』と言ったら、『母親なんだから逃げたりなんかしないよ』こんなふうに言い訳するんです。それで俺は『嘘つくな!正直に言え』って言ったんです。『嘘は言ってないでしょ』って言うから、こっちは頭にきて『これだからイヤになるんだよ!』それで机を叩いたら、お袋逃げやがってそれであんたの所に駆け込んだんだ。俺はお袋に『お前が恐いから逃げるんだ』って本音で言ってもらいたかった。お袋はいつも本音を言わずに建前ばっかり並べ立てる。俺はそうやって育てられてきたんだ。わかるか!Aさん、わかってくれAさん」

Sさんはまるで泣き出しそうな表情でAさんに訴えた。

A「・・・・。そうだったんだ。なんか今の話を聞いていて、自分の小さい頃のことを思い出しました。自分に似てるなって・・・私も母親には話を聞いてもらえなかったんです。父が酒乱でよく暴力を振るって いました。それが嫌で嫌で、そういう奴を取り締まりたい。そんな思いから警察官になったんです。Sさんの気持ちわかるよ・・・」

S「ほんとかよ。じゃあ俺を病院に連れて行ったことの過失認めるよな。謝れ!」

A(沈黙)

S「謝れよ!」

A「申し訳なかったです。あなたのことを少しも理解しないままで、あなたを病院に連れて行った私が悪かったんです」

S(沈黙)

A「あなたの人生に傷を付けてしまいました。本当にすいませんでした」

S「・・・・わかった。もういい」

Sの母「よかったなお前」

S「うるせんだ!お前は黙ってろ。勝手なんだから、お前が一番悪いんだ!」

Sの母(沈黙)

S「都合が悪くなるといつもそうやって黙る」

CO「お母さんもできたら一緒に謝ってください」

Sの母(沈黙)「どうしていいか躊躇してしまいます」

CO「心から謝りたいっていう気持ちにはなれないんですね」

Sの母「っていうか、今のSとAさんのやりとりを見てて、心底そういう気持ちになれないといかんなと思ったからです」

CO「心底?」

Sの母「はい。でも、今振り返ってみると、確かに私はこの子に建前ばかっり並べていたような気がします。自分の気持ちや感情を素直に言えませんでした」

CO「素直に言えなかったんですね」

Sの母「っていうか、間違ったことを言って、暴力振るわれたり、ものに当たり散らされたりするのが恐かったんです。いつもどう答えたらいいか考えてました。でも、それがかえって腫れ物に触るような感じになり、余計にSを苦しめていたんですね」

S「そうなんだよ。今わかったか」

Sの母「今ようやく気がつきました。もっと自分の気持ちや感情をこの子に素直に出していければいいんだって。いつも周りを気にしてきた私がいました。もっと自分の本音を出していいんですね」

CO「ああ、今日はとてもいい話ができました。私も心の洗濯ができたような気がします。今日はどうもありがとうございました」

この日はこんなふうにして和解に至った。

和解力 その3

2015年10月27日

前回は和解にあたってカウンセリングのスキルが必要だと述べた。しかし、こう言ってはなんだがカウンセラーが和解する力があるかというと必ずしもそうとは言い難い。私などは、その最たる者かもしれない。それは自論を曲げないからであり、相手を変えようとする習慣が身についているからである。それでも意外に他人事に関しては、上手に和解の援助ができるカウンセラーもいる。

和解にとって大事なことは、まず和解したいという意思があるかどうかである。次に大事なことは、和解のステップをしっかり踏むことである。そしてそのプロセスでは、いかに双方が理解し合えるかということにかかっている。

また第三者がその相互理解をどう援助できるかということも重要である。しかし実際に、和解しようと思っても面倒という気持ちが働く。面倒の中味は「消耗してしまう。どうせ話し合っても上手くいかない。収拾がつかなくなる」といった予測である。過去に上手くいかなかった体験があると、考えただけでも「うんざり」と思ってしまうものだ。しかし実は、和解の秘訣はこのうんざり感の中にある。そこには必ずといっていいほど、うんざりさせられる情況が展開している。

うんざり感は和解のプロセスで形成されたものだからである。その点、うまく和解ができた当事者は、和解することに積極的なイメージを持っていたり、意義深さや可能性を信じている。

ここで小生の忘れられない体験例をお話ししよう。もうかれこれ15年も前の話になるが、とてもナーヴァスで攻撃的なクライエント、Sさんがいた。ところがこのSさんは強制的に大学病院の精神科に入院させられたという体験がある。そして、そのことが彼の中では最大の傷つき体験、トラウマにもなっていると言う。

日常の中で何かストレスフルなできごとが起こると、決まってそのトラウマを持ち出し、家族を攻撃する。特に母親への怒りは激しく、母親も逃げ惑うことが度々であった。それもそのはず、その強制入院の際にそれを裏で仕組んでいたのが母親でありその手伝いをしたのは、昔からよく知っている近所の警察官A氏だった。Sさんが暴言を吐いた際に、母親が駐在所に逃げ込み、助けを求めたのである。

Sさんの不満の理由は、A氏が何一つ彼の言い分を訊かず、精神病院に連行したことであった。そのことについて、A氏が謝罪してくれない限りは、前には進めないというものであった。筆者はこの母親の依頼で、和解のためのセッションを持つことになった。母親の懇願により、警察官も渋々と参加してくれた。見るからに和解する意思はないといった態度であった。

しかし、Sさんの家はこの地域では名家であり、その警察官も受諾せざるを得なかった。本来ならここで小生が、その警察官A氏の和解に対する意思を確認し、和解のための積極性を導く準備をしなければならなかったが、それをやってしまうとSさんがやっかむ怖れがあると思い、敢えて、それはしないようにつとめ、むしろ、このA氏がこの和解の場に積極的に来てくれたと解釈し、「きょうはお忙しいところをわざわざ来て頂き、本当に有難うございました」と大袈裟に振る舞ったものである。

それがよかったのか悪かったのか、A氏も表向きは「いえいえ、こちらも気になっていたので」と返してきた。ところが敏感なSさんは、「それはタテマエだろう!本当は来たくなかったくせに!」と間髪を入れずに怒号を浴びせた。その瞬間A氏の眉間にしわが寄った。

そこで小生は「Sさん、実はAさんは今日は家族で旅行する予定だったんだ。それを変更して来てくれたんだよ。かなり無理してくれたんだよ・・・・」とA氏を庇いSさんを諫めた。「だったら来なきゃよかったんだ!それに俺を病院に連行した過去はどうなるんだ。それは大事じゃねぇのか。他人の人生をめちゃくちゃにしておきながら、何が家族旅行なんだよ!他人の人生を勝手に邪魔したことを自覚できてんのか!まずその事を謝れ!」

その時、小生はA氏の表情に、後悔の念を読み取ることができた。「これだから来なければよかったんだ・・・・・」

すべての和解は「自分の非を認める」という自覚なしにはうまくいかない。いわんやSさんのような人には「タテマエ」や「仕込み話し(根回し)」はほとんど通じない。すべての過去は「今、ここで」にかかっている。そしてそんなことは百も承知のはずであった。

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