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和解力 その2

2015年10月27日

1月15日、薬害C型肝炎訴訟の原告・弁護団と国側との和解合意が成立した。原告・弁護団にしてみれば5年余を経ての和解合意は長い年月で あった。過去最大規模の薬害事件だっただけに、全国原告団代表の山口美智子さんは、ホッとした表情で「やっと頂上に立てた」と表現した。

この合意書で、国側は薬害被害の責任を認め謝罪し再発防止を誓った。救済の対象は後天性疾患でフィブリノゲンか第9因子製剤を投与された人と母子感染者である。しかし感染者は投与事実の証明が必要であり、医療記録やそれと同等の証明に基づいて判断され、不明な点や争いがある場合は裁判所が それを行い、当事者もそれを尊重することとした。この結果、原告側はひとまず安心できたが、実際にウィルスに汚染された血液製剤を投与されていながら、カルテなどの医療記録が消失し原告側に加われなかった患者たちもいる。

「C型肝炎患者21世紀の会」代表の尾上悦子さんもその一人である。彼女は、「私たちを置き去りにしないで!」と訴えこの会を結成した。感染者は約1万人に上るのに、投与された証明力を持つ原告はたった207人、それ以外の大多数の患者はどうなるのか、尾上さんも証拠が確定されず原告になれなかった一人なのである。

原告弁護団と法務省の話し合いでは、医師による証言や手術記録、母子手帳などから総合的に判断できる場合は、薬害被害者と認める方針が決定されたが、カルテなどがなく、医師の証言も得られない患者は救済対象から外される可能性が高い。

原告以外の被害者が救済法によって給付金を受けるには国と製薬会社を相手に訴訟を起こすしかない。福田首相は昨年12月末「全員一律救済」を表明したが、今後この問題は大きな課題を残すことになった。

このように団体同士の和解や、国が関与する和解は、証明の仕方、救済の方法、給付金などの条件をめぐって難航することが多い。これが個人対個人の場合はもっとシンプルで話し合いや争った後に慰謝料や示談金を払って済むことが少なくない。

最近では、「裁判外紛争処理」つまり訴訟以外の方法による民事紛争の解決手段の重要性が高まっている。これはADR(alternative dispute resolution)と呼ばれ、民事訴訟が本来の紛争解決機能を十分に発揮しない事や、全ての紛争が必ずしも裁判という形式になじまない事もあって、裁判外で紛争処理が行われることである。別名「代替的紛争解決」とも言われている。広義には、民事調停や家事調停などの裁判所における訴訟以外の紛争処理であったり、公害や環境問題等調整委員会、医療事故の調査委員会などの裁判所外の公的な紛争処理機関によるものを含んでいる。

身近では交通事故紛争処理センターのような私的機関から個々人の自由な示談交渉まで様々である。2004年には「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」が制定され2007年から施行されている。

しかしどんな形態の和解にしろ、大切なことは双方がよく話し合い、気持ちを交換し、理解し合うことである。そうでなければどんな和解もお互いに不満や不信感を残してしまうからである。

今後ADRが広まれば広まるほど形式的なことが排除され、実質的な中味が重要視される。そうなると話し合いの仕方や理解する力、相手の立場に立った感情の移入などが求められることになるであろう。

和解が困難なのは双方が利害や損害をめぐって話し合いのテーブルについてしまうため、自分の身を守ることだけを考え、相手の立場に立つことができないのである。称賛に値する和解には、お互いの立場を理解できるような話し合いの方法やスキルが必要となってくる。そこには専門的、第三者の立場からカウンセラーの役割も求められる。

家族療法でよく用いられる「リフレクティング」つまり創造的な相互の反響のさせ合い、ゲシュタルト療法の「エンプティチェア」「トップドッグとアンダードッグ」による立場の交換、サイコドラマの「ダブル」や「黒衣役」による気づきの援助などがそれである。

人間関係が希薄になりコミットメントする雰囲気が失われた時代、そしてそれに伴い和解力が喪失してきた今日では、カウンセラーによる人間関係の活性化や修復の援助技術が増々要請されそうである。

和解力 その1

2015年10月27日

今、日本は、人間関係の希薄や、人付き合いの悪さが言われるようになって久しい。

例えば、今学校では、次のようなことが起こっている。A君とB君が、学校の廊下で取っ組み合いの喧嘩をしている。でも20年ほど前は、A君やB君の側を通りかかったC君やD君はそれに介入する姿があったと、学校長たちは口々に言う。しかし、今の学校では、そういう風景はほとんど見られなくなったという。側を通りかかったC君やD君は、見て見ぬ振りをしたり、2人でペチャクチャ話をしながら、そこを通り過ぎていくという。これが「解離する社会」である。

解離は、人がいるのに交わらない。何かトラブっているのに知らん振り。まるで何事もないかのように振る舞うことである。こうなるとA君とB君は、集団の中の孤独、2人は極度に緊張し、やるかやられるかといった状態になるという。このような事態は学校だけではない。職場や家庭、地域社会でも見られる現象である。

そんなことから今年は、コミュニケーションをはかったり、人付き合いを良くすることを心がけたい。その中でも「和解力」の実現に目標を置きたい。和解力というのは、一言で言えば、喧嘩して仲直りということである。

6ヵ国協議での和解。拉致問題での和解。薬害肝炎訴訟での和解。犯罪被害者と加害者、医療訴訟、横綱朝青龍と日本大相撲協会、夫婦、恋人同士、親子、上司と部下、同僚同士、そして自分の中の葛藤する小人同士の和解など、和解する対象は様々である。しかしどんな和解であっても、和解は面倒である。

できたら放っておきたい、知らん振りしていたい、近付きたくない。憤りを感じる、もう見たくもないし会いたくもない、死んで欲しい、会社を辞めたい、できたら異動したい、最後はこんな思いになってしまう。でも苦しい。葛藤もする。後悔だってしてしまう。これが対人関係の悩みである。

2001年6月、千葉県にNPO法人「被害者加害者対話の会運営センター」というのが発足した。ここは、文字通り犯罪被害者と加害者の和解を 支援するセンターである。

ここの理事長を務める山田由紀子弁護士は次のように語る「被害者と加害者は、話をせず、意思の疎通を取らない。しかしそのことで更に不信感を募らせるケースが多い」このセンターでは、扱う事件は少年犯罪に限っている。その大きな目的は、「被害者の被害回復」と「加害者の更正・再犯防止」である。

このセンターでは、対話の会を積極的に勧めている。司会を務める進行役は、事前に双方に会い入念な準備をする。ほとんどが無給の市民ボランティアだという。進行役は両者と会い、できるだけ事件の成り行きについて情報を集める。その後両者の気持ちを聞き出し、理解することに努める。

だいたいは被害者が自分の思いを語り、それをじっと加害者が聞いていることが多い。ひとしきり話し合った後で、被害者が言う。「これ以上話すことはありません。僕はあの事件の前後の記憶が一切ないんです。

事件がどのように起こったのかそれさえも覚えていない。だから、その時のことを教えてもらえませんか」すると加害者は、「つい、カッとなってやってしまいました。まさかこんな事態になるなんて思ってもいませんでした。本当に申し訳ありませんでした」しかし被害者の両親は興奮して、取り付く島もない。被害者の両親が、激しい怒りを加害者にぶつける。加害者はそれを黙って受け止める。まさにそこは修羅場と化す。

そしてその後に決まって長い沈黙が訪れる。両者はお互いに口をつぐんでしまう。ある程度時間が経ったところで、司会者が和解金について話を持ち出す。ここでは金額については、進行役は一切口を挟まない。あくまでも両者が納得して決めることが原則である。「金額は被害者が提示した500万で結構です。でも一度にそんなお金は払えません。最初に100万を支払わせてもらい、後は分割というわけにはいきませんでしょうか。できれば、息子に働かせ、返せたらと思っています」被害者が黙ってうなずく。

そして最後にこう付け加えた「この事件に遭って僕の人生は粉々にされた。どれだけあなた方を恨んだことか。でも、いつまでもそんなことばかり言ってはいられない。僕は1日も早く事件のことを忘れたかった。でもなかなか忘れることはできなかった。だから僕は、この会に救いを求めた。今日は来てよかったと思います」このようにして、和解が成立するのである。

このような和解方法は、アメリカなどで行われている「修復的司法」という手法である。最近、日本にも持ち込まれているが、実際に対峙した両者の心の中には、反目や対立、せめぎ合い、沈黙、葛藤、後悔などの気持ちが生まれる。それを上手に取り仕切っていくのが司会の役割である。

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