メンタルヘルス・コラム

生活習慣病の意味するもの その1-職場復帰に試金石を投じる-

2015.11.02

自分は病気であると告白することは怖いことである。どう見られるか、どう評価されるかが不安なのである。今だから言えるが、3月下旬から2週間ほど入院していた。病名は糖尿病。所謂、「生活習慣病」である。

糖尿病は膵臓のランゲルハンス島という部位から分泌されるはずのホルモン「インシュリン」が出なくなったり、その働きが悪くなったりして、血液中の糖分(ブドウ糖)をエネルギーに転換できない病気である。そのため、血糖値が高くなり、尿中にも排出される代謝疾患である。インシュリンそのものの欠乏から来る糖尿病をⅠ型、その働きに支障をきたすものをⅡ型と呼んでいる。

前者は発症が急で、症状も重く、インシュリンの投与が必要であるが、後者は経過が緩慢で、治療は「食事療法」、「運動療法」、それにインシュリンが機能するための「薬物療法」の3つを用いる。

小生はⅡ型であり、糖尿病患者の9割以上がこのタイプである。Ⅱ型の糖尿病が生活習慣病と言われる所以は食事と運動に依拠するからである。従ってこの病気の回復を決するのは食事と運動の生活習慣が改善されることである。

小生は自分から希望した「教育入院」である。教育入院とは糖尿病の恐ろしさを再認識し、進行すると網膜症(目が見えなくなる)、腎症(尿の出が悪くなる)、心筋梗塞や脳梗塞(心筋や脳の動脈が塞がり、血液が流れなくなる)などの合併症に至らないよう予防することである。そのために毎日教育ビデオを見るという日課である。

もちろん病院で出される決められた食事(小生の場合は1600kcal)を摂り、適度な運動(小生の場合は特段言われたわけではないが自発的に朝6時半のラジオ体操と階段の昇り降り)をすることである。

700mg/dl以上あった中性脂肪、75kg以上あった体重、200mg/dl以上あった血糖値、8%以上になっていたヘモグロビンA1cが徐々に減っていった。こうなると面白い。目標を掲げたくなる。売店で余計なものを買って食べないことが快感になる。食事の後は数字を下げるために強迫的に運動する。

「武藤さん、そんなにフーフー息を弾ませて大丈夫?」看護師が言う。「おたく、どこも悪そうに見えないけどねぇ。」同室の患者が言う。内心これらの言葉を励みにし、優越感を持ったりする。

そのうち、他の患者と数値を比較することに自信すら持つようになる。教育入院では中間テストと卒業テストがある。糖尿病の合併症や食事のカロリー計算、それに食物の交換表などについて必死に勉強する。話によると、小生は高得点をとったと言われたが、過去に満点をとった人がすぐに再発し、再入院した、と聞かされ唖然とした。

入院期間2週間の満了が近づくにつれ、数値はほとんど正常に近くなった。入院生活の環境的効力を痛感した次第である。しかし、小生には漠然とした不安が残った。数値は正常に戻ったが、世の中に出たとき、入院生活で実践してきた食事と運動の生活習慣が確保されるのだろうか、これで理想の生活 習慣が身についたのだろうか、自信がない。小生は主治医や看護師に尋ねる。答えはこうだった。

「それは武藤さん、あなた次第よ。」

社会復帰した途端に猛スピードで走って来る自転車にぶつかりそうになったり、騒々しい駅の構内を歩いたり、そしてそのすぐ目の前にラーメン屋の赤いのれんを流し目に見たとき、果たして何食わぬ顔でその前を通り過ぎることができるだろうか。

「私はストレスに弱い。」

そうでなくても、人生に不満を持って生きている私がちょっとした刺激に反応しないわけがない。きっとその不満を食べるという行為にすり替えて満足している気がする。この生き方や生活習慣が変化しない限り、生活習慣病は治ったとは言えないのではないか。この病気は数字の改善だけではなく、生活とともにある。果たして2週間の入院で新しい生活習慣が身についたのだろうか。

「看護師さん、ストレスに曝されたとき、食べ物以外で自分をコントロールする方法はないですか。」「武藤さん、それはあなたの専門でしょう。」「それができないから入院したんですよ。」藪蛇であり、誰も答えを持ち合わせなかった。何故か次の瞬間、3日前に見舞いに来た次男の声を思い出した。

「お父は娑婆に出たらすぐ元に戻っちゃうよ。」リアルな響きであった。「あの2週間の入院は何だったんだろう。」そう思いはせぬかと抑うつ感さえ覚えた。

人はストレス解消の手段を無意識に食(酒)と性、それにギャンブルや買い物などに求めると言う。私はストレスの解消を何に依存し、生きているのか。この病気はまさにその気づきを暗示しているようだ。

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